人生は時間とともに

6月14日(土)

私の職場には、ねじ巻き式の古い時計があります。
1時間ごとにボーンボーンと音が鳴るあれ。

秒針はないけれど、振り子がカチカチと常に動いていて、いかにも古時計という感じ。

それを聞きながらふと思ったのが、
1秒より小さい単位はないのだろうか、ということ。

陸上競技なんかでは、100分の1秒まで出るけれど、特に単位はないみたい。
調べてみたら、1000分の1秒はミリ秒、そのあとはマイクロ、ナノ、と
おなじみの単位を使うらしいです。

その単位に使う接頭語のことを「国際単位系」というのだとか。

ナノの下はピコ、その下はフェムト、そしてアト。
もうこの辺りは聞き馴染みがないですけれど
信じられないほど小さな単位そして反対の大きな単位の何かが
私たちの感知できないところに存在しているのでしょうね。

一生が短いことで知られる蜻蛉や
樹齢何千年の大木は
私たちとは違う時間軸で生きているのかなあと想像してしまうのだけれど

人間は勝手にいろんなことを想像して、彼らには余計なお世話だよなあという
それもまた想像で、
やっぱり私が生きる世界なんて所詮私の大きな頭が作っているのですよね。
私の知っている常識の中で。

人間は社会の中で人間として生きるしかないのです。
時間もまた、なんかそういう運命を感じさせる存在ですよね。
あと長くても〇〇年で死ぬ、というのを
嫌でも意識させられるのも、なんだかなあ。





コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です